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ほとんどフィギュアスケート、きまぐれ勉強メモだよ(^_-)-☆ #表示不具合のお知らせ

【観劇録】とってもゴースト

とってもゴースト 音楽座ミュージカル『とってもゴースト』(町田公演2012.12.22)観劇。 
 
 とってもタイムリー。
 いま、私の身近に起こっていることと重なったから。

    ギスギスした心が洗われた。




才能のある人に多いですね(たぶん)こういう人→ 仕事一辺倒で他人の気持ちなど一切顧みない独裁者。一流ファッションデザイナーのお話。スタッフ数十名を抱える有名デザイナー事務所の社長。

仕事の世界は厳しいからそうもいってられない場合もあるのだろうけど…信頼関係があるとないとでは見える風景もちがってくるのだと…

ある日、交通事故死。ゴーストになる。本人は死んだのに気づいていない。ゴーストなのでスタッフには姿が見えない。よって無視される。ただ天国への案内人と公園で出会ったデザイナーを夢見る青年だけにはゴーストが見える。無視される経験を通して、また、二人との心の触合いを通して、元々あったと思われる人間味を取り戻していくというお話。

生きていても存在に気づかなければ、逆に、気づいてもらえなければ、ゴーストも同然。さて、どう生きるか… 幸せは準備された心に訪れる(パスツール)

いっぱいあって迷うけれど、カフェの群舞が印象に残った。茶系に渋緑の取合せは私の好み。白装束の群舞も良かったな。ちょっとエロい振り付け。ビビっときたw 冒頭のシックなファッションショーは子供の僕にはちょっと物足りなかった/(-_-)\ やっぱ、ぼくは、ウェイトレスの群舞の圧倒感が好き。最前列の席だったのでお腹に重低音がズンズン入ってきた。一緒になって心の中で踊ってた。踊りが感染した。パワーをもらった。それに、専門用語では何というのだろう?生演奏の併用もよかった。

オペラグラスを併用して観た。表情がとても活き活きしていた。迫力があった。とっても心地よかった。ここでもパワーをもらった\(^o^)/

かたまり様」が気になった。肝心の「かたまり様」が解放される場面のところだけ睡魔(←徹夜明けだったのでorz)に負けて見損じた/(-_-)\ やっぱ負の感情は自己向上のエネルギーに使いたいね。

かたまり様」には近づかないようにしよう。負の感情が感染するから。あの空飛ぶ婆さん凄かったよ!!「かたまり様」さまからの逃げっぷりがスゲー速かった。ウケた\(^^@)/あれはひとつの見せ場なのだろうなと… ←この辺、記憶違いがあるかもしれないけど、雰囲気だけ伝わればいいや(←伝わってない!?w)、ってことで、まあいいや(汗)

カーテンコールが何度もあった。回数は会場の雰囲気で決まってくるのだろうな。熱気があった。音楽座のミュージカルにはいつも感動とパワーがある。感染だ。心に残る言葉もたくさんいただいた。

 ・生きてるってスゴイこと! 
   →あたしの解釈(だって、生きていれば、失敗しても反省し改善できる。バカは死ななくても直せる)
 ・わたしは淋しい。やっと淋しいって言えるようになったの。
 ・幸せになるのは、本当は簡単なことなのかもしれませんね。
 ・みんな、たいそうなことをしなきゃ、幸せになれないと思ってる。
 ・自然はいつも語っています。でも、なかなか感じてくれません。

追記2012.12.25/16:13
なぜこうした言葉に感動するのか。現実には滅多にこのことを実感することがないからないからなんだろうな。「芸術とは私たちに真実を悟らせてくれる嘘である」とはピカソ。希望は絶望の裏返し。そんなことを思った。岡本真夜 "そのままの君でいて""youtubeを思い出す。


幕が降りたあと、町田市民とのコラボレーション。キッズとシニアグリーのクリスマスソング・パフォーマンスが温かくて親しくて、和やかな雰囲気でとっても良かった。音楽座の本拠地、町田市民との踊りと歌を通しての文化事業、素晴らしい試みだと思った。足元は大事。

音楽座のみなさん、ありがとう。次回の来年夏の公演「21C:マドモアゼルモーツァルト」ぜひ見た~い\(^o^)/

【関連リンク】

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【観劇録】シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ

シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」(2012.06.12/18:30~)観てまいりました。パワフルな歌に踊り、堪能させていただきました。物語には大いに笑い大いに泣かさせていただきました。いつものことながら、心の琴線を揺さぶり、空いた隙間からパワーを注入する。音楽座の持ち味だなと思う。一日3回の公演(前人未到だとか)がどんなに大変なことなのか想像つきませんが、気迫あふれる演技に感動\(^o^)/存分に楽しまさせていただきました。展開が素晴らしく退屈することが全くなかった。音楽座ミュージカル/Rカンパニーの皆様、ありがとうございました<m(__)m>また、5列7番(控画像)という良い席で観れたことに感謝観劇\(^o^)/

物語はある少女のシャボン玉を吹くシーンで始まる。今振り返ると、シャボン玉は、人間の儚い命(注1)、ささやかな夢、束の間の幸せの象徴か。主人公の折口佳代の折口は大阪梅田駅の降り口から取って付けられたもの。佳代は生まれてまもなく梅田駅の降り口に捨てられ以後過酷な人生を送る羽目になる。普通なら夢とは呼ばない平凡な幸せが佳代の夢。いや、それどころか、その夢の実現に(それを失うことへの)恐れを抱いてしまうほど心に深い傷を負っている。その佳代の心の揺れ動きの表現(←宮崎祥子さん最高\(^o^)/)が、佳代が辿ってきた過酷な人生がどれほどのものであったかを想像させ、かなり泣けた。いまも、思い出しただけでまた涙が出てきた゚(゚´Д`゚)゚

実際、物語は佳代の心を象徴するかのように、幸せを掴みかけようとすると、不幸な出来事が訪れる。小さな幸せ(例えばキッスをしようとすると新聞勧誘のお兄さんがドアをノックするとかw)大きな幸せ(ネタバレするので割愛wあらすじは冒頭のリンク先を参照)に容赦くなく何度もやってくる。幸せな場面は少ない、ほとんど不幸な場面ばかり。闇が深ければ深いほど光は輝くという描き方なのか・・・。

笑いがそれを緩和増幅させている。ラス星人の登場。それも地球人になりきれない、かなり、笑えるキャラ設定。ラス星人が大真面目だけに、そのギャップが可笑しい。例えば、舞台の中心となっている喫茶店「ケンタウルス」での出来事。ラス星人のトイレの解釈が見事で目から鱗(とりあえず、解釈内容は割愛w)。コーヒーのブレンド(注2)をフレンド(友達)と聞きまつがいするなどの空耳っぷりが好感触。さらに物語の見せ場の一つでもある深刻な場面に及んでもフレンドと言わずにブレンドと言ってしまう律儀さ、泣きながら笑ったよ\(^o^)/→こうした、泣き笑い、笑うしかない悲しさ、随所に見受けられた、この劇の特徴か

この笑えるラス星人ですが、何も人を笑わすためだけに登場したのではない。ゼス(ラス星の科学者)の「森羅万象、宇宙のありとあらゆるものは、すべて、つながっている」の台詞の通り、その象徴なのだと。ピア(ラス星の宇宙調査隊員)の台詞「テレパシーを送っているのですが、届かないのです。佳代は心を固く閉ざしてしまっている」は、強いメッセージとして私の心に突き刺さった(-_-;)

ああ、そうそう、群舞が素晴らしかった。密かに○○○さんのファンなこともあって(公演終了後、扉1を出たところで遭遇。至近距離で挨拶できて幸せ\(^o^)/小顔でビックリ、写真よりはるかに美人、状況的にあたしの名前は名乗らなかったが(-_-;)、ファンとのふれあいタイムがあるのも音楽座の良さの一つであります)、群舞の時は、みなさんの動きに注目しました。みなさん芸が細かくて楽しかった。あと、群舞ではないのですが、喫茶店「ケンタウルス」で展開される劇に関係なくテーブルに独り黙々と本を読む少女。訪れた地上げ屋(注3)によって退かされるのであるが、ウケた(ほんの一瞬だけ絡むシーンがあったのですが、何に!?って顔をしていた。神は細部に宿る。芸が細かいw)\(^o^)/

それから、第一幕、第二幕の遊園地の場面で使われた迷路のトーテンポールのようなオブジェ(エッシャーの階段図のようなデザインもあったりする)の佳代と悠介の行く手を阻むかのような動きが、人生の隘路の象徴に見えた。

追記2013.02.19
アルファ・ケンタウリからの客 (新潮文庫)
読了。未解決の最後のシーンが解決した。本質において原作に忠実であったと思う。また、ラス星人のユーモアセンスなどミュージカルにあった「笑い」は小説にはなく、逆に小説にあった世相批判文明批判はミュージカルにはなかった(私の印象)。あと、個人的な関心。生命素という永遠の存在が肉体に宿る生命現象という考えは、生気論を思わせる。燃焼現象を燃素によるものと考えたフロギストン説と同じ思考形式(現象の背後に永遠の存在を見るプラトニズム)だと思った。そう考えないと、この小説は成り立たない。
追記終了。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~

注1)光速に近いスピードで移動するラス星人の宇宙船の中で流れる時間と地球上で流れる時間の違いがちゃんと相対性理論に基づいて計算されていて、おお、と思った。また、地球人とラス星人の寿命の違いがラス星人の賢者振りに関係してるのかも。欲望に任せた争いが無益だと悟るには、地球人の人生は短すぎるのかもしれないね。

注2)ブレンド:異質の混合→宇宙人と地球人、演技者と観客の交流、一体化を想起させる。

注3)物語は、バブル真っ只中の1988年。地上げ屋、軍隊が使う無線機のような携帯電話、ワンレン・ボディコンなど、当時の風景が思い出されて懐かしかった。


■関連リンク
追記2012.06.14/03:52
近況|ネクタイでチャリティー『Tie for Change』さん、ありがとう!
夢の喩え、について。
だから、シャボン玉と同じように、
ずっとずっと、何度でも何度でも、吹き続けることが大事なんです。

なるほど~、きがつきませんでした(-_-;)

「LOVE OF SEVEN DOLLS 七つの人形の恋物語」 

七つの人形の物語

初めて観て魅せられた「マドモアゼル・モーツアルト」以来の二度目の音楽座ミュージカル「LOVE OF SEVEN DOLLS 七つの人形の恋物語」を観た(8月1日)。

ミュージカルのいいところは物語だけでなく身体の躍動に身体が勝手に官能することだなと思った。物語としては、最初のうちは理解できず入ってイケなかったのですが、そこは、音楽と身体の躍動、足のつま先から手の指先まで神経の行き届いた動きを魅せられると、ホント気持ちがいい。

世の中の人間がみんなあんな感じで動いて日常生活をしたらさぞかし楽しいだろうな、まあ、それはそれで日常の訓練が大変だ~♪(笑)

物語が進行するに従って(15分間の休憩を挟んで3時間弱の作品)、自分なりに解釈できた。不遇な生いたちにより心に傷を負っている二人。何かに導かれたかのような運命的な出会い(ケルトの伝説?!)。一人の少女と人形一座の座長の出会い。二人の心は通わない、というか、憎しみ合う。少女と七つの人形たちは、敵対的であったり好意的であったり打算的であったり、七人形七色の関わりを持つ。劇中劇にシラノ・ド・ベルジュラックが出てくる。

七つの人形とは、座長の一通りには収まりきらない複雑な心模様の表現形(まさに人形ですね)なのだ、と思った。そして、最初のシーン、少女と座長(化身の一つであるにんじん)の出会いで、幕が下りる。"心の再生"である。

そんな風に思った私は、自分の過去と現在が重なって、かなり泣けた(笑)

あと、
衣裳の色合いがとっても鮮やかで綺麗でした♪
人形を扱う黒子の舞も妖しくて良かった♪

追記、存在について、人形を操る黒子を存在と呼んでいた。
存在=潜在意識、人形=顕在意識、という図式が成り立つ。


ただいま公演中!パート1 - R's Blog 音楽座ミュージカル/Rカンパニーオフィシャルブログ
初日インタビュー
http://www.youtube.com/watch?v=2Fc__C6V7fs